「俺としては、普通に日向でいいと思うんだけど」
至極真面目な表情の菅原に、澤村は頷きかける。
だが、その視線の先でやいのやいのと舌戦を始める後輩を認めて、いや、と呟いた。
「月島かもしれないぞ」
「うーん・・・ありだけど、それだったら及川さんじゃないかなぁ」
淡々と会話する二人を東峰は何の話なんだろうとちらちら横目で窺う。
練習後の片付けを終えて、それぞれに着替える最中のこと。
もしかしてチーム内のあれこれを考えているのかもしれないが、それにしては及川の名前が出てくるのが不思議だ。
「ってか学校超えるとなると結構いるんじゃないか?」
Tシャツを脱ぎ捨て汗を拭った澤村はシャツに袖を通しながらなおも続ける。
脱ぎながら丁寧にジャージを畳む菅原の行動は澤村のそれよりも少し遅い。
「ウチのチームなら、日向か月島の二択かな」
「他だと及川さんに? ・・・うーん・・・金田一? だっけか?」
「何か弱いなぁ、その線は」
学ランを羽織った澤村の横で新しいTシャツに首を突っ込んだ菅原はぷはっと息を吐いた。
だから一体何の話なんだろう。
ものすごく気になったのだが、西谷に途中絡まれたからまだ汗を拭っている途中の東峰はすっかりと着替え終わった後輩に風邪引きますよ、とどやされて慌ててしまう。
仕方がないので何の話かは後で聞くことにして、着替えに専念することにした。



「一体何の話をしていたんだ?」
肉まんにかぶりつく部員たちの中の影山をちらりと見やりながら、東峰は澤村に声をかけた。
コーチの母方の実家であるという坂ノ下商店はもはやバレー部御用達になってしまったのだが、それでもずぼらに見えるあのコーチは意外に口うるさく、店の前でたむろしたり騒いだりを赦してはくれない。
だから、というわけではないのだが(というよりも性格なのだが)東峰の声は聞き取りづらいほどぼそぼそとしている。
「え、何が?」
何のこと、と言わんばかりの菅原に、東峰はうごうごと唇を動かす。
だが何を言っているのか、何を言いたいのかさっぱり分からず澤村の苛立ちを煽るばかりだ。
「しゃっきりしろ、ヘナチョコ」

どうしてこの男はこうも気が弱いんだ。 どうしてこれであんな重たいスパイクが打てるんだ。 っつかその見かけは何なんだ。はったりか。 はったりが効くような性格してるのかお前。 そもそもにして何で高校生で顎髭だ。 生活指導は何も言わねェのか。

平然とした顔の裏側の声が聞こえたような気がして、東峰はぶるりと肩を震わせる。
「その・・・ほら、着替えてる時に、影山がー・・・とか」
とにかく何とか意味の通じる言葉を。
しどろもどろになりながらももそもそ言い募る東峰に、菅原が弾けるような笑顔を見せた。
「ああ、あれね!」
「ん・・・あれか」
反対に澤村は渋い顔だ。この反応の違いは何なのだろう。
もしかして聞いてはいけないことだったのだろうか。
そのことに思い至って内心焦ったのだが、二人はそれぞれに思うところがあるらしく、東峰の反応には無頓着だ。
「やっぱり日向でいいと思う」
「俺としては月島だ」
何かを張り合うように二人で会話を始めてしまって、東峰は相も変わらずワケがわからないまま。
おろおろとしている東峰を見かねたわけではないのだろうが、ふと三年生組に近寄ってきた西谷が何やってんスか、と問いかけてきた。
「うーん・・・何だろうなぁ」
「はっきりしないな、旭さん」
横目で呆れられた。そこはかとなくショックだ。
「だって俺にもよく分からなくて・・・」
「えー? ・・・お二人は何話してんスか?」
「え? ああ・・・」
「影山は日向がいいのか月島がいいのかってことだ」
唐突な声にはたと引き戻されたような菅原とは打って変わって、振り返った澤村の言葉は限りなく端的だ。
「・・・そりゃ、翔陽じゃないッスか?」
何となく、訊かれた内容が自分の考えたそれとは違う気がする。
そんなことを思いつつも西谷は素直に自分の意見を口にする。
反射的な返答を前に、澤村はそうだよなぁ・・・などと呟きながらどことなく不満そうだ。
西谷にも東峰の困惑が理解できた気がした。これは確かにワケがわからない。
「やっぱ日向でいいんじゃない?」
「いやーでも月島も捨てがたいだろう」
「何でそんなに月島にこだわるのかなぁ」
「ちょ、何の話ッスか?!」
再び二人の会話に戻ろうとするのを見て、西谷が待ったをかけた。

「「影山が攻なのか受なのかって話」」

揃って振り返った二人は声まで揃っていた。
対する東峰も西谷もぽかんとするしかない。
「う、うけ・・・?」
ってナニ。などと言い出しそうな東峰の隣で西谷はようやく納得した顔で大きく頷いた。
「なーんだ、そんな話ッスか」
「に、西谷?!」
どこで何をどう理解したんだ、と悲痛な声を上げる東峰をさらりと無視して、
「俺としてはスガ先輩イチオシっす!」
とびきり元気な笑顔でそう言い出した。
「は、俺?」
「あー・・・ホラ、そうなるだろ」
びっくり顔の菅原に、澤村の表情は苦いモノを飲んだようになっている。
「そうやってスガを出そうとする奴が出てくる気がしたんだよなー」
「だから月島押しだったんスか」
「・・・まあ」
「ええー? 俺はないよ。だって影山だよ?」
「おま・・・どっちのつもりで言ってんのか聞いてもいいか」
「え?」
「いや、いい。――おいヒゲチョコ。いつまで固まってるんだ」
ホント小心だよなぁと澤村は呆れ顔のまま。
「まあ・・・うん、日向か月島のどっちかなら、どっちでもいいわ」
間食を終えた後輩たちがわらわら寄ってくる気配に強引にそう締めくくって。
「おっし、じゃあ俺は日向押しで頑張るね!」
「何を・・・が、頑張るのかな・・・」
菅原の笑顔が恐ろしい。 いや、この場に馴染んでいる西谷も怖いし、澤村はいつも怖い。

いや・・・てゆうかここは俺は先輩として影山を何とかフォローするべきなんじゃなかったんだろうか・・・。

いまさらすぎる思考回路だ。固まっていたのだから仕方がないのだが。
やはり何の話をしているのかイマイチつかめないまま、東峰はすべらかに動いてくれない己の思考回路と舌をじんわり悔いていた。




20140214

 

どうなんでしょう。