ゼンブ。 影日
ちりちり。
皮膚が小さく痛い。
ちりちり。
聞こえてくる、それは
――心の端から、燃やされゆく音。
*
「ゴラァ、日向ボゲェ!」
顔面レシーブに痛がる暇もない。
間髪いれずに飛んでくる怒声はまるで当然のように日向を咎める。
そりゃ怒鳴りたくなるのはわかる。
レシーブどころかその他のことだってまだまだ不慣れで下手なことばっかりで。
同じ失敗を何度もくり返せば、そりゃ怒りたくもなるだろう。
それっくらいは、わかってる。
でも。
「影山って、怒んの趣味なの?」
ひりひりするおでこを撫でさすりながら唇を尖らせると、影山は不機嫌に寄せた眉根にさらに深い皺を刻む。
「ああ?!」
「だっていっつも怒ってんじゃん」
「それはお前が怒らせるようなことを・・・!」
「してるけどさ! ・・・してるけど」
ばっと手のひらで影山の口元を遮る仕草をして、咄嗟に言い返したものの。
けど、の先は言葉にならなかった。
自分でもその先に何を続けたかったのかよくわからなかったのだ。
「けど、何だよ」
だから続きを促されても困るだけで、日向は眉を八の字にするだけだ。
むーだの、うーのだ口の中でもごもご唸っていると、影山はイライラし始めたらしくはっきりしろ! とまた怒鳴る。
「そ、そうやって急かすなよ! 余計わかんなくなるじゃん!!」
「わかんねぇんだったら最初っから言うなよ!」
「言わなきゃわかんねぇだろ?!」
「だから、それを言ってみろって言ってんだろ?!」
「言ってないじゃん!」
なんでコイツは物事をこんなふうに乱暴にしか進められないのだろうか。
例えば菅原さんのようにそれで、と優しく促してくれるなら考える余裕もできるのに。
上手く言葉にできなくて細切れになってもうんうんと聞いてくれるからカタチにできる想いだってある。
そうしたらもっと上手くコミュニケーションとか、取れたりするんじゃないだろうか。
やっぱりそういうのを影山相手に求めるのは間違ってるんだろうか。
でも、だって、俺は
喉元まで上がってきているのに、どうしたら伝わるのか、どう言えばいいのかさっぱりわからない。
もどかしくて、頭がヘンになりそうだ。
「・・・はー・・・」
奥歯を噛みしめて睨みつけていたら突然脱力するように影山が息を吐き出した。
さっと視線がそらされた途端、まるで解き放たれたように肩から力が抜ける。
「・・・かんねぇし」
どうしていつもいつもこうなるんだろうな、と俯きかけたのを小さな呟きに制止された。
「え、なに?」
そっぽを向いた影山がぼそぼそ呟く声は低すぎて不明瞭だ。
それでも何か言っているのはわかって、側まで近寄って下から覗き込むように見る。
けれども顔を見られたくないのか、口元を手で覆って影山はさらに顔を背けようとするからムッとなった。
「なんだよー、気になるじゃんか」
「ッ・・・から、・・・」
「な、何で舌打ちすんの?!」
手で覆っているからくぐもっていたけれど、舌打ちの鋭さはとてもじゃないが隠し切れていない。
思わずびくっと肩を揺らして身を引きかけた瞬間。
「イライラすんだよ!」
また、怒鳴られた。
ここまでくると、やっぱり怒るのは影山の趣味なんじゃないかな、という気がしてきた。
でもたぶん今気にしなければいけないのはそこではなくて。
「そ・・・それはー・・・」
自分のすることが、だろうか。
それとも存在に、ということだろうか。
だとしたらもうどうしようもない。
(そんなふうに思われるほど)
存在に苛々されるほど、嫌われていたんだとしたら。
(すげー・・・すっげーショックかも)
すうっと胸の中が冷たくなるような感覚がする。
思わずジャージの胸元を掴んだ指先も、何だかおぼつかない。
「・・・イライラする。お前を、見てると」
追い打ちをかけるように重ねて告げられ、もはや頭が真っ白だ。
何故こんなにショックを受けているのだろうかとどこかで冷静な自分が呟く。
正常に働いていない頭はまともな答えなど出してはくれず、ただ茫然と影山の苦り切った横顔を眺めるだけだ。
そんな日向に気付いていない影山は足元に視線を向けたまま、くぐもった声でぼそぼそと続ける。
「下手くそで」
「技術もなくて」
「怯えたで」
「だから」
「お前が羨ましくて、イライラする」
突き刺さるような痛みを覚悟してぎゅっと瞼を閉じたのだが、耳に届いたのは予想していた響きとは違っていた。
あれ、その台詞どっかで聞いたことあるような。
似たような言葉をどこかで――。
考えながらそろりと片目を開けると目だけで振り返った影山の視線とぶつかった。
怖いくらい真剣な眼差しが、日向を捕える。
「お前の能力が俺のだったらいい」
言いながら影山の口元を覆っていた手が動く。
ゆっくりと動く手の動きから、どうしてだか目が離せない。
腕まくりのジャージから伸びた影山の右手。
ボールを操るために丁寧にケアしているのを、知っている。
その指先がどこに向かっているのか。
頬にふれてくる他人の温度で、やっと日向は気がついた。
まるで壊れものでもさわるみたいにそっと頬を撫でた指先が、そのままするりと首の後ろに回される。
「ちょ、かげ・・・」
くすぐったい感触に肩を竦めた隙に引き寄せられた。
ぎょっとなって硬直する身体を片腕で深く抱きこまれ、耳の後ろに落とされた囁きを聞く。
「お前の全部が、」
「俺の、だったら――いいのに」
刹那、ぞくり、とした何かが背筋を駆け上がった。
何か別のことを言われたような、そんな気がして。
驚きと何かよくわからないものが混ざって感情がぐちゃぐちゃになった。
「ッ・・・、っ、かげ、かげやま・・・!」
ぐるぐる渦巻いた何かが爆発してどん、と胸を押しやる。
抗うことなく一歩後ろに退いた影山はいつも通り、不機嫌そうな顔をしていた。
「だから、お前の顔見てると腹立たしいんだよ」
羨ましくて、とまるでついでのように付け足してくるり、踵を返す。
すたすたとスポーツバッグのところまで歩いて行ったかと思うと、ひょいと持ち上げて肩越しに振り返った。
「帰んぞ。ボケ日向」
「ちょ、はあっ?!」
「時間、遅ぇし」
「な、何・・・お前、自分の言いたいことだけ言ってそんでッ・・・!」
「だから、言いたきゃ聞いてやる。言え」
ほら、とそんな上から目線で促されても。
もっと優しくしろとか、何かそういうようなことを言いたかったような気もするし。
もっと別の何かが言いたかったような気もする。
でも。
言葉になりそうでならないもどかしい気持ちが、気付けばキレイに抜け落ちてしまっていた。
(何だろ・・・何か・・・)
(羨ましいってことは、嫌われてるわけじゃないってことだよ、な?)
だったらいいのかな。
「・・・もー忘れた」
笑うつもりもなかったのに、どうしてだか頬が緩んでくる。
それを見ていたらしい影山は、呆れたように目を細めた。
「ボケ日向」
「なんですぐそうなるわけ?!」
おまけに盛大なため息までつかれてしまった。
*
ちりちり。
少しずつ侵食するように。
ちりちり。
滲むように広がってゆく。
散り散りにされるのは、理性か感情か――。
喰い殺されてしまう前に、いっそ。
全部を、飲み込んでしまおうか。
20140514
どうなんでしょうか、とか言ってたのに三カ月後コレです。(・・・)