愛情って厄介だなって思う。




「岩ちゃんが・・・女の子といる」
「あー・・・?」
ぼそり、と呟かれた一言に顔を上げると及川はどこか呆然とした表情をしていた。
見やる先を追いかけて視線を向けると、岩泉が誰かに向かって何かを一言。
誰と話しているのだろうと更に視線を動かすと、ちょっと離れた位置にいる見知らぬ制服の女の子、だ。
別段ヘンな光景でもない。
というか、実はよく見る光景だ。 たぶん、及川が知らないだけで。
花巻は及川へと視線を戻した。
花巻に見られていることなど気にした様子もなく(というか気にするだけの余裕がないのか)及川の表情は呆然としたものから複雑に歪められてゆく。
外では見せない表情になってゆくのを、不思議な感慨とともについつい見入ってしまった。

カッコツケ、と言えば聞こえは悪いが要は負けず嫌いな及川だから、表情を取り繕ってしまう癖があるのは知っている。
試合中の苦しい顔や、練習中の愚痴めいた一言、悔しさを覚えた一瞬をチームメイトと共有するだけの心安さを持っていたとしても、彼が素を見せられるのはただ一人だけだ。
それなのに、彼は今、ものすごく素に近い表情を曝している。
花巻だけでなく、他の誰が見るともしれない場所で。

(どんだけ・・・)

胸の裡でぼんやり呟いた花巻の隣から、ふらりと及川が動く。
ちらと見れば岩泉と会話を終えたらしい女子がぱたぱた走り去ってゆくところだった。
ずかずかと近寄ってゆく及川にすぐさま気が付いた様子の岩泉が、何故か困ったような顔をして。
「岩ちゃん!」
どうしてだか焦ったような声を出す及川の、やはり素に見える横顔に花巻はもう苦笑するしかなかった。

(どんだけ、岩泉のこと、好きなんだっつーの)

「何今の」「どういうことなの」「俺というものがありながら」などと詰め寄る及川に、岩泉は理解が出来ない様子で「は?」などと素っ頓狂な声を上げている。
ワケもわからず詰問されているためか珍しく押され気味だったが、その内形勢は逆転するだろう。
どうせキレた岩泉に及川が怒鳴られて終了、だ。
先が見えて、花巻はバカらしいとそっぽを向く。

岩泉が好き過ぎる及川も。
そんな及川が「当たり前」な岩泉も。

我がバレーボール部では普通すぎる日常なわけで。

あの子も迂闊だよなァ。
手にしたボールをポーンポーンと頭上に投げながら花巻は息をつく。

及川のいないところで、岩泉が彼のことを聞かれる女子に捕まるのは、珍しいことじゃない。
むしろ常に側にいるから、及川のいないところではここぞとばかりに捕獲される。
そういう光景を、きっと及川は知らないのだろう。
チームメイトやその他周囲の人間は、それを及川に知らせないようにしているフシがある。
かくいう自分も出来ることなら及川には見せない知らせない聞かせない方向で、と思っていた。

だって知られたらきっと岩泉の側を離れようとは、しなくなるだろうから。

仮令自分のことを聞きたいがためでも、及川は岩泉に女の子が近寄っていくのをはいそうですかと放置出来るほど心は広くない。
それはちょっと・・・岩泉が可哀想だ。
べったりな及川がさらにべったりするのは、さすがに。

(あの子・・・これから及川に目の敵にされるんだろうなァ)
御愁傷様なことだ。
やれやれと思いつつも、花巻はちょっとずつちょっとずつ言い合う二人から離れてゆく。

まあ、何でもいいけど。



どうせだったら早いとこくっつくなりしてくんねぇかな、あの二人。




20140320