あすなろ リエ夜久
「山本、これな、これ」
どん、と後ろからぶつかられて首を絞められた。
と、思ったらからかう音の黒尾の声が落ちてきて反射的に手が出た。
「ぐッ・・・や、夜久・・・みぞおち・・・」
「るせぇ。締め技かけたそっちが悪い」
「いや、そういうつもりじゃ・・・」
「あ?」
ぎろっと睨むとホールドアップして黒尾はそっぽを向いた。
山本が「何ですか、今の」と黒尾に問いかけるのを横目にその場を離れる。
山本に「女の子がときめくシチュエーション」を教えてやろう、という話になったのは昼休み。
誰より大人びた顔をすることもあれば、時折小学生のような悪戯を仕掛けるのが黒尾という男で。
たぶんからかいの気持ちが大半だったのだろう、研磨を相手に「あすなろ抱き」を実践してこれを教えてはどうだろうかなどと言い出した。
どう考えても無理な提案だったが、実際がどうなどどうでもよかったのに違いない。
それを山本に教えて狼狽える姿を見たかったのだろうな、と呆れ半分に見つめていたのだが。
研磨相手にして見せたそれを、まさか自分を犠牲に披露するとは思っていなかった。
(・・・逃げたな・・・)
見回す限りに研磨の姿はない。
幼馴染の思考と行動を読んで逃げ出したのだろう。
「夜久さーん!」
全くロクでもない男だよなァと肩を竦めたのと、背後から名前を呼ばれるのとが殆ど一緒だった。
どん、とぶつかる勢いで体当たりされてつんのめる。
倒れかかった夜久が自らバランスを取るよりも一瞬早く。
長い腕が抱きこむように引き留めた。
「おいっ!」
「あ、すみません」
勢い込んでしまっただけだ、というのはわかる。
そして彼は彼なりに手加減したのだろう、というのも。
そうでなければ吹っ飛ばされていてもおかしくない体格差だ。
だから、前のめりに転びそうになっただけというのは、ささやかな事故ではあるのだが。
「・・・何だ、これ」
「え? 今さっきクロさんもしてましたよね??」
何故リエーフの腕は、離すまいと強く抱き締めているのだろうかと頭上にある顔を振り仰ぐ。
片方の腕のみならず両腕でぎゅうぎゅうと抱きついているリエーフの視線を探すには、横向きに振り返っても意味がないから、だった。
なのに。
思いもかけず近い場所から見下ろしている眼差しにぶつかって、びくっとなってしまった。
「さっきの、何ですか? これ?」
「ちょ、・・・近いっつーの!」
「クロさんとはもっと顔近かったです」
「振り返ってないから近くなかったろ」
「距離が!」
「そ・・・お前がデカイからだろ」
どうしてか話がどんどん逸れていく。
リエーフと話しているとわりとよくあることではある。
そしてそれを元の話に戻すのはいつも夜久の方だ。
「で? お前何が聞きたかったわけ?」
もう一度これ何ですか、と訊かれたら鬱陶しいから「あすなろ抱き」とだけ答えてコイツにも肘鉄を食らわせてやろう、と夜久は思った。
「あ・・・えーと、・・・その、俺もやりたいなーって」
「・・・何を?」
「夜久さんにさわりたいなーって」
「・・・」
「クロさんばっかりズルイっていうか、夜久さんにさわるのは俺だけでいいです」
リエーフの激し過ぎる自己主張は、時折夜久の理解を飛び越えている。
「あぁ・・・そ」
それを仕方がないなと受け止めてしまう自分自身のことが一番よくわからなかったりするのだが。
「人間座椅子とかによさそうなサイズだよな、リエーフって」
「夜久さん専用です!」
「・・・はは」
まあ、ウチの主将よりはタチ悪くないからいいか、と。
ぼんやり見えかけている答えをそっと後回しにして肩から力を抜いた。
20150125
そしてそれを見ていた周囲が、あれはどうなってるんだとざわざわすればいい。