「お疲れ様です」
練習終了の挨拶を響かせた部員たちがわらわらと片付けに取りかかる中。
うん、と伸びを一つした烏養の横からほわんとした労いの声がかかった。
「おー」
気のない様子で答えたようにも聞こえるが、これがいつもの決まり文句だ。
はたから見てぞんざいな態度に見えようとも、二人の間ではそれが当たり前の挨拶として通っているのだから問題ない。
「校内は禁煙ですよ」
「わあってるっつの」
示し合わせたわけでもなく揃って歩き出しながら、烏養はしきりと口元を擦っている。
そんな烏養に武田は笑い含みに声をかけた。
指摘されて思い出したように手を下ろすが、その指先はどことなく落ちつかなげだ。
部活が始まる時間にきっちり訪れる烏養は、それから練習が終わるまでの間、禁煙を強いられる。
もちろん練習中の生徒たちを見ていると喫煙欲求などキレイさっぱりどこかへ消えてしまうのだが、終わった途端に舞い戻ってくるのだ。
というよりも忘れていた分だけなおのこと強く欲してしまうのかもしれない。
気が付けばまたしきりと唇をこすってしまっていた。
はたとなって手を離すものの、着替えて敷地を出るまではさわって止めてのくり返しだ。
烏養のその仕草を見るにつけ、武田は一度は必ずからかってしまう。
バレーの知識では追いつけない烏養がこんな時自分よりも年下だったのだと思い出すからかもしれない。
「昔のドラマとかなら・・・」
「あん?」
「キスで誤魔化すとかあるんでしょうけどね」
「は?!」
「いやー、僕、古いですよねぇ。今ってどうなんでしょう」
ね? と小首を傾げる様子。
一瞬前の台詞の内容もさることながら、その態度にもどうにもいかんともしがたくあれこれと刺激されて言葉が上手く出てこない。
あ、とか、う、とか、もぐもぐ呻く烏養をどう思ったかはわからないが武田は妙に楽しそうだ。
「烏養くんもそういうドラマのような駆け引き、たくさんしてるんでしょうねぇ」
「ああ?!」
どういう意味だ? それは何だ、何かの暗号なのか?!
混乱のまま意味のある言葉を継げない烏養に目もくれず、ふわふわ微笑んだままの武田はさらに笑みを深めた。
「今度そういうの、僕にも教えて下さいね」
烏養コーチ、とやはりからかうような声音で。
けれどもどこか確信めいた口調で。
まるで天使の羽根でもパタパタさせていそうな笑顔で言うくせに。

どうしてだろう。
同時に真っ黒で尖った尻尾も見えるのは、どうしてなんだろう。

曇りのない笑顔をしばし眺め、唐突にがくりと烏養は肩を落とした。
「・・・・・・アンタ・・・食えねぇって・・・・・・」
「は? 何が食べられないんですか?」
「・・・いや・・・」
あまり深く考えてはいけない。
掘り下げてしまうとこの先とんでもないことになってしまう気がする。
そんなことを思って烏養はふるりと首を振った。
「あ、今度から飴かガムでも用意しましょうか?」
「あー・・・いい、いい。そういうの、クセになんの嫌なんだよ」
不自然にならないように気をつけながら視線を外して、烏養は肩を落としたまま校門の外へと足を向ける。
送るつもりなのかジャージのまま傍らを歩いている武田が視界の片隅で再び首を傾けた。
答える義理はなかったけれど、無意識にか、愚痴が唇をついて出た。


「なくても構わねェのに、一回染みついちまったら離せねェの。そういうの、もう十分だし」


言いながらちらり、横目で純朴さを装う青年教師を見る。
きょとんとした表情。理解していないのだろうか。
――それとも理解していて、すっとボケているのか。
どちらにしても。

「マジ、勘弁してくれって思う」
振り回されているこっちの身が持たないな、と烏養は嘆息した。

 

 

 

20140213