「あかぁーしー」

 

 間延びした呼ばれ方は好きではないのだが、無表情のまま「どうしました」と振り返った。

 やめてくださいと何度も言ったがどんなに言葉を尽くしてもムダだったし、意趣返しに無視すると拗ねるからなおさらに面倒なことになる。

 だったら自分の名前ではないものを自分の名前だと思い込むことの方が何倍もマシだった。

 

「オマエ昼飯なに??

「俺の昼飯のメニューは、木兎さんが手にしてるものなんじゃないかと思ってます」

「うん・・・ これは俺のデザートだっつーの」

「・・・そうですか」

 コンビニの袋に詰め込まれたパンを示したつもりだったのだが、彼がひとつだけ別に手に持っていた焼きそばパンを狙っていると疑われたらしい。

 大袈裟な仕草で焼きそばパンを抱き寄せる木兎を無表情に眺めつつ、

「どうでもいいですけど、行かないんですか」

 時間なくなりますよ、と無感動に告げるとこれまた大きな動作ではっとなった木兎にどんと肩を小()突かれた。

 

「やっべ、急げ赤葦 ボールが拗ねるぞ

「・・・いや・・・ああ、はい。わかりました」

 

 突っ込むべきか否かを悩んだのはほんの刹那。

 跳ねるように走り出す木兎を追って、赤葦は大股に廊下を横切った。





「つーか、なんでお前普通に赤葦の弁当食ってんの

「うまいから」

「・・・こいつ殴っていい

「痣にならない程度なら体育会系によくある行き過ぎたじゃれ合いで済むんじゃないでしょうか」

「ちょっと、怖いこと真顔で言うなっての」

 木葉の問いかけにこくりと頷くと、猿杙が控え目に待ったをかける。

 その向こうで鷲尾が何を思っているのか知れない顔をしてうんうんと深く頷いているのは、はたしてどちらに同意したものか。

 つらりとそんなことを考えつつ、木兎に横から弁当をつまみ食いされ、しまいには弁当箱ごと奪い取られた赤葦は何事もなかったようにコンビニの袋を手繰り寄せる。

「コロッケパンもらいますね」

 律儀に一言告げるのは、いつ木兎の気が変わって「それが食べたかったのに」と言われるかしれないからだ。

 赤葦家の弁当に舌鼓を打つ木兎がおう、と鷹揚に顎を引くのを待って袋を破った。

 

(ここまで勢揃いするのも珍しいな・・・)

 

 基本的には赤葦と木兎、それと適当に捕まえた一年生。

 昼食時はあまり時間がないから、木兎もさほどに激しく体を動かすことはない。

 だからトスを上げる赤葦さえいればいいと思っているところがあるようで、大人数を誘うことは滅多になかった。

 だというのに、レギュラーメンバー勢揃いで昼食の会とはこれいかに。

 

「なんかさーこいつウキウキしながら昼飯行くじゃん

 無表情のつもりだったのだが、すっかりと疑問を読まれていたらしい。

 猿杙に声をかけられて視線を向けると、木葉がにやにやと笑っている顔が視界の端に映った。

「バレーが出来るからってのはあるだろうけどさー、ちょっと、なあ

「な あんまりにも浮かれてむかつくから、邪魔してやろうかってな」

「・・・」

 

 つまりこれは、あれだ。

 木兎にムカついているわけではなく、赤葦の邪魔をしに(もしくはからかいに)きた、とそういうことだろう。

 口では何だかんだと言いながらも、この人たちはそうやってわかりづらい方法で木兎を甘やかしてきたのだから、後からひょいと現れた後輩に大きな顔をさせるのはまだ早いと思っているのに違いない。

 別にやましいこともしていないし、大きな顔をするつもりもないし、所有権だの特別感だのを口にするつもりもないから構わないのだが。

(何しろ、この人おっそろしいほど甘やかされ慣れてるからな・・・)

 自分の好意に気づいてもいないはずだ。

 だから勘ぐられるようなことはないもない。

 と、言うのは簡単だったがはたしてそれを信じてくれるだろうか。

 それに、と赤葦はひっそりと息を逃す。

 

 事実そうだからと、自分で口にするのは認めるようで悔しい。

 

 そんな愚かな思考回路を曝け出すのもみっともないな、とデフォルトの無表情のまま赤葦はコロッケパンを咀嚼した。

「まあ、俺の負担が減って何よりです」

 しれっとそう口にすると、こいつ、と木葉の目が剣呑と歪む。

「面白くないな、お前は

 からかい甲斐のない後輩だということは、もうとっくにバレているから言われても痛くもかゆくもない。

「それはどうもすみません」

「こいつめっちゃ棒読みだぞ、おい

「ってーか、何の話だ

 きれいさっぱり中身のない弁当箱を赤葦に押し付けた木兎がきょとんと会話に混ざろうとする。

 どう誤魔化すか考えたのはほんの一秒ほどだった。

「これからは皆さんも木兎さんの昼練に付き合ってくれるそうですよ」

「ちょ、おい

「うわぁヤブヘビ」

「・・・」

 それぞれに非難めいた声を上げるのへ、てっきり木兎は子供のように喜ぶと思ったのだが。

 

「え、お前ら揃って俺から赤葦取ろうってか?! やるか?!

 

 両手のこぶしを握ってファイティングポーズだ。

 赤葦でさえ一瞬呆けた顔をしてしまった。

「・・・・・・・・・・」

「うん やんねーのか

「・・・あー・・・なんか、すげーバカらしくなってきた」

 しゅっしゅっと片手を空中に繰り出す仕草の木兎を見つめ、木葉が気の抜けた息を吐き出す。

 向こう側で鷲尾が深ーく頷いているのを横目に、猿杙がささっと昼食の後片付けを始めた。

「俺ら用事あっから、お前らは好きに練習してれば

「そうそう、お前の赤葦取ったりしねぇから、存分にどうぞ」

「午後の授業には遅れるなよ」

「うん おー、またなー」

 唐突な話の流れもさして気にならないのか、それともすでにバレーに気が向いているのか。

「さ、やるか」

 満面の笑みの木兎に、まったくこれだからこの人は、と。

 赤葦は珍しくも苦笑を浮かべて、はいはい、と立ち上がった。

 

 

20150114