この先に、出口はない。
わかっているのに。









滴り落ちる汗を拭うフリでタオルに顔を埋めた。
その、刹那。

「何考え込んでんスか」

凛とした声が胸のど真ん中にすうっと入りこむ。

振り返ろうとして、けれど、肩が僅か動いた程度。
どこかでその強い声を、



(迷い悩んで、答えを出してもそれでも足掻くしか脳のない。
そんな俺を。

キラキラした光のような強さで引っ張り上げる、声。)



拒む、ちいさなちいさな自分がいた。



それでも無視は出来ず、強張る肩から力を抜くように息を吐く。
ぎこちなくタオルを引き下ろして、ようよう視線を向けると斜め下から射るような眼差し。
「何を、考えてたんスか」
まるで子供に問うような、咎めるような、そんな声音だった。

見透かされているような気がして、情けなく眉が垂れ下がる。
実際は、彼は自分が考え込むほどに物事について深い思考を持ってはいないのだろうということは何となくわかっている。
田中ですらが「天才」と言う彼の思考は、たぶん直観的で、そして潔い。
だから身体が動く。声が出る。
突き動かされるままに、彼は真実を射抜く。

「・・・ちょっと、イロイロ考え込みすぎてて」
言い訳じみている、と思った。
おまけにちゃんと答えてないな、とも。

自分自身の声を他人事のように聞きながら、見つめる西谷から逃れようと視線を外そうとして。


「アンタ・・・何か、言いたいことあんじゃねぇの」


今度はその凛とした声に引きとめられて、身動きが出来なくなった。



「迷う背中は、見ててわかる」
集中できていない。
思い切れていない。
そんな中途半端さは、背中を守る彼には如実に感じられるのだ、と。
そう言う。

それが悔しいとか、辛いとか、そんなことは思わない。
けれども吐き出せない苦しさは、――理解できない。
どこか拙い声でそんなことを言って、彼は一度言葉を切った。



「アンタが感じたことを言えないなら」


「俺は、それが苦しい」






言いながら、本当に苦しそうに顔を歪めるから思わず手を差し伸べてしまった。
24センチ下にある頬に触れて、はた、となる。

「・・・あ、」
「ん・・・?」

自分のしたことにおろおろとなる俺を余所に、西谷はどうしてだろう。
ふと納得したような声を上げた。
頬に触れた俺の指先を捕えて、そのまま強く押しつけるようにして。

「よっぽど、わかりやすいっスね」
奇妙なことをぽつり、言い出す始末だ。


西谷の頬に強く押しつけられた手は、振りほどこうともえば簡単だ。
力の差は歴然としているから、それは考えるまでもない。
なのにどうしてもそうする気になれないまま。
ただただ困惑して見つめるしか出来ない。



「何を迷ってんのか、分かんねぇんスけど」
「でも、それでも」

「俺はアンタの背中を護るから」





「振り返らなくて、いいッス」





当たり前のように言い切って。
「そういうわけで、前ちゃんと向いて集中して下さい」
厳しい眼差しでそう「命令」してくる。
先輩を先輩と思っているのかと問い質したくなるような物言いと扱いだ。
だが。


俺は馬鹿みたいに、同じことをくり返し思うのだ。




この先に、出口はないのに。

こっちだと導く光が、呼んでいるような気がして。
引き寄せられるままに求めてしまうのだ。


この小さな光が、どうか俺のものでありますように、――と。






答え、なってません? などと言いながら、ふと。
西谷は俺の指先に頬をこすりつけるような仕草をして俺の心臓を跳ねあげさせて。
「時間スよ」
ぽん、と指先を叩くようにして拘束を解くと、彼はひらりと軽やかなステップで側を離れる。

強く、惹きつける光の軌跡。
逃せない。
本能の叫ぶまま反射的に追いかけ、――


一歩を踏み出した。




20140402