「何でそんなに俺のこと好きなの

 

 問いかけると、黒尾は雑誌からを視線を上げ、きょとんとした顔になった。

「何だ、突然」

 そう訊きたくなるのも、わかる。

 

 体育館の使用禁止で部活が休みになった午後。

 帰りついた自宅。

 俺は習い性でゲームの電源を入れ、黒尾は当たり前の顔で雑誌のバックナンバーを漁った。

 飲み物はそれぞれ適当に階下から仕入れてきた。

 途中何か食べる音がしていたから黒尾はおやつももらったらしい。

 どれぐらいたっただろう。

 高かった日差しが斜めに傾いでいるから、たぶん二、三時間はそうしてただお互いが同じ空間にいるだけの状態だった。

 別に、珍しいことじゃない。

 むしろよくあることだ。

 だが、だからこそ不意にわからなくなった。

 

 雑誌ぐらい家で読めばいい。

 飲み物も、おやつも、自宅にあるはずだ。なければ買って帰ればいい。

 わざわざ研磨の家ですごす必要はどこにもない。

 なのに彼は当たり前の顔をしてここにいる。

 

 研磨のそばにいたい、と。

 それだけのために。

 

 話すわけでもない。面白いことなど何もないはずだ。

 それでもそばにいたい、と。

 

「何でだろうなって思って」

 

 どうしてそこまで愛情いっぱいでいられるのだろうか。

 自分相手に。

 

 疑問は声に出さないまま胸に落ちた。

 黒尾はしばし口を噤んで、考えるように空中を見つめる。

 かと思うと、ふっと視線を合わせて笑んだ。

 

「俺は、これでもかってぐらい可愛がって、これでもかってぐらいに愛情注ぎたいんだよ」

「・・・で

「だからお前がいいんだろ」

「意味、わかんない」

「どんだけ構っても満ち足りないだろ。だから延々構ってられるじゃねぇか」

「・・・なにそれ、俺が欲張りみたいに・・・」

「違うのか

「・・・違うって、言いたい」

 

 そうかもしれないな、と思ったのは悔しいから言わなかった。

 

「俺はただひたすらずっと構い倒したいんだよ。だからお前でよかったと思うぞ」

「・・・鶏と卵・・・」

「はは。そうかもな。ついでに割れ鍋に綴じ蓋ってヤツだろ」

 

 愛したいから俺を選んだのか。

 俺を選んだから、愛し続けるのか。

 

 どちらにしても鬱陶しいことに変わりがない。

 だが確かに、黒尾の鬱陶しさは自分でさえ辟易するのだから他の誰かなら重いと逃げてしまうだろう。

 

 ならば、彼の言うとおりなのかもしれない。

 

「じゃあ俺はいつまでも俺のままでいいわけだ」

「いまさらそんなこと言ってんのか

 

 からかうような問いかけに、ふいっと視線を外す。




 どこまでもどこまでも追いかけてくる愛情が。

 いつかどこかで途切れてしまうのではないか、と。

 そう、思った一瞬。

 

 強く差し込む不安に、日常が揺れて見えた。




 一言だって漏らさなかったのに、黒尾はすっかりとそれを見抜いてしまったようだった。

 

「お前はいつまでも俺の愛情に胡坐かいてりゃいいんだよ」

「・・・」

 

 いつまででも疑っていていい、と黒尾は言い放つ。

 裏打ちのない言葉に確かな未来はない。

 けれども。

 

それが本当ならいいって、思うよ・・・)





 どうして自分はこんなに黒尾がすきなんだろう。

 わからないけれど。



 わからないことが不安じゃないことが、少し、うれしかった。

 

 

20150130