駆け出した足が急く。

先へ、と急ぐ足。

けれども、


どうしても気になって振り返った。




そこには、思い出したようにヘッドフォンを耳に当てる素っ気ない後ろ姿があった。







「ツッキー

どこからでも飛んでくるその声をいつから当たり前みたいに思ったんだろうな、と。


ふと何気なくそんなことを考えてみたりして。




「じゃあ俺、嶋田さんのところ行くから」

気持ちが逸るのか、言いながら爪先は動き出している。

軽く頷いて見送らずに視線を振り切ると、遠ざかる足音さえもヘッドフォンで遮った。









「いっつも何か聞いてるよなー・・・」

手の中でバレーボールを転がしながら、ふと呟く日向の声に引っ張られるみたいに顔を上げた。

「ツッキーのこと

「うん、ほお」

片手でパンを頬張りながら大きく頷く日向に笑って、山口はさあ、と応える。

「俺もわかんない」

「山口にもわからないことあんの

「・・・どういう意味」

不思議そう、というよりも驚きが前面の日向に、こちらが驚かされる。

転がり落ちそうになるボールを寸前で手の中に戻す日向にはらはらしながらも返答を待っていると、彼はごくりとパンのかけらを飲み込んでだって、と言う。

「月島のこと、全部知ってそうじゃん

さも当然そうな口調なのには脱力するばかりだ。

「そ・・・れはさすがに」

無理じゃないかなぁ。

何故そう言われたのか、わからなくもないのだけれども。


月島の周りをうろちょろしている小さいの。


そう思われるのは慣れているし、実際のトコロそう間違った認識でもないと思う。

月島が「側に寄るな」と言わないから一緒にいる。

それだけのことだ。


月島は人を側に寄せないわけでなく、彼が彼自身に認めるスタンスが一定している。

いわく、自分ペースが守れること。

自分のペースで物事が運ぶのであれば誰が側にいても気にしない。

ようにしている。の、だと思う。

それを知っているから、自分は彼の側にいられるのだろう。


そしてその為に自分は彼の側に誰よりも長くいることになるから人からそういう誤解を受けることがある。

故に月島のことをよく聞かれるという羽目に陥るわけなのだけれども。



「俺もさー・・・別に、ツッキーの中まで入れてもらってるわけじゃないし」

辛うじて側にいるのを赦されてる、という程度だろう。

長く一緒にいるからと全てがわかるなんて。




そんなのは、嘘だ。




だって、出会ってからの時間なんて関係ないことをすでに俺は知ってしまっている。

日向と、影山がそうであるように。




「だから何聞いてるとか・・・わかんないけど」

言いながら首に回したヘッドフォンに触れる月島を見る。


いつも彼の肩にかかる、重そうな「壁」。


「聞いてるんじゃないと、思うんだよね。




何かを、拒絶してる感じ」




俺にも誰にも、超えられない壁。

それはもしかしたら、この小さな巨人が超えていくかもしれない。

何となくそう思って。

それが期待なのか、恐れなのかわからないままぽつり、呟く。




「いつか俺にもその扉が開くといいなって、思うけどね」




まあ、無理だと思うんだけど。

自嘲気味に笑って、日向を振り返ろうとしたけれど、出来なかった。

真っ直ぐ前を向いているようで、どこか途方もないところを見つめるような。

その眼差しが、


こっちを見ればいいのに。


そんなふうに思ってしまったら、動けなくなってしまった。

これではいくら頭の出来がよくない日向にも、深読みされてしまうかもしれないと思ってもどうしても視線が引き剥がせない。

突き刺さるような日向の視線が痛くて、どうしていいのかわからなくて。

それでもやっぱり見つめるしか出来ない俺を、ふ、と。


振り返る、感情のこもらない眼差し。


拒絶しているような、何も考えていないような。

計れない眼差しの温度に、それでも足を踏み出してしまってからは、と呪縛を解かれて日向を見る。

「あ、じゃあ俺帰るね」

呆けたように見つめてくる日向に焦ってそれだけ言って。

バイバイもお疲れも言わなかったな、と思ったのは二人肩を並べて歩き出してからだ。


肩の上のヘッドフォンは、今は沈黙している。

「いつも何聞いてんの

日向から聞かれたそれが思いの外、深い場所に突き刺さっていたらしい。

無意識にそう尋ねていた。

「・・・別に」

返ってきたのは予想通りの答えで。

何となく泣きたいような気分で、でもそんなの見せるわけにはいかなくて。

「そっかー」

自分でもバカみたいだな、と思うような陽気な声を出すしか出来なかった。







「あんだよ」

ぐ、とジャージの裾を引っ張られて、影山はひどく不機嫌に背後を振り返った。

見下ろす位置の明るい髪色の同級生は、何かマズイものでも飲み込んだような顔をしている。

「でもさ」

「ああ?!

何が「でも」なんだ。

眉間の皺をさらに深くしながら噛みつこうとしたが、日向はそんな影山になどお構いなしで独り言をぶつぶつと呟いている。

「でも、月島って山口といる時、ヘッドフォンしないじゃん」

「ああ?!

月島 ヘッドフォン 山口???

一体コイツは何を言ってるんだ。

さっぱり話が見えない。つーか、独り言なら一人でやれ

ジャージの裾を掴む手をはたこうと手を振り上げたが、その瞬間、きっと見上げてくる瞳に不意打ちされて動きを止めてしまった。

「いつだってさ、山口と一緒でさ、ヘッドフォン、してねぇんだもん、月島」

「だから・・・」

「それってさ、そういうことじゃん?!

「どういう・・・」

不味そうな顔が、一転、キラキラし出した。

ワケがわからないまでも、異様にテンションが上がり始めたらしい日向に気圧されて影山には上手く言葉が紡げないまま。







わかれ道。

また明日ね、と声をかけられて小さく頷くように顎を引いて。

ふい、と視線を逸らすようにその姿を視界から押し出す。


遠ざかる足音を聞かないまま



ヘッドフォンでそれを遠ざけた。







20140406