火曜日のツキヤマ
一緒がいいのは、単なるワガママ。
掃除当番って、どうしていつまでたってもなくなったりしないんだろう。
どうでもいい愚痴を胸中にこぼして箒を握りしめる。
堂々とサボれるような性格だったらよかったかもしれない。
だが元が苛められっ子の小心さは隠しても蓋をしてもなくなってはくれないもので。
用事があって帰りたい、という同級生さえ笑顔で見送って(どうせきっと嘘だと思うのだけれども)クラス委員の文句を聞きながら床を掃く。
――部活がある時なら、まだしも。
テスト期間で自主練習さえ禁じられる期間だ。
だから、
(もう帰っちゃったよなぁ・・・)
図書室に行く、と月島は鞄を持って教室を出て行った。
調べものがあるわけではなく、借りていた本を返すのだと言っていたから用事が終わればすぐに帰るだろう。
いくら同じ方向だからと、わざわざ山口の掃除当番が終わるのを待ってまで一緒に帰る理由は、月島にはない。
一緒に帰ろう、と誘われたことなどない。
いつもいつも自分が彼の後を追っている。置いて行かれないように、と。
結局今も昔も関係性はあんまり変わっていなくて、だからこんなふうに自分の意志の力ではどうにもできない距離ができてしまうと途端に怖くなる。
きっと月島は自分がいなくてもちっとも構わないんだろう、と。
たかが掃除当番ひとつで大袈裟かもしれない。
けれども、山口にとってはちょっとのことでも大騒ぎしたくなるほどのことなのだ。
何しろもうずっと。
月島のことが、好きなのだから――。
たかが三十分。されど三十分。
図書室に寄って帰った月島は、今どのあたりだろう。
走れば追いつくかな? と腕時計を確認しながらばたばた走って昇降口まで急ぐ。
派手な音を立てて下駄箱から靴を取り出して、内履きを突っ込んで、スニーカーをつっかけるようにして生徒玄関を飛び出した。
「っていうか、帰ったかどうか確認ぐらいしたらどうなの」
できる限りゆっくり歩いてくれてますように、なんて神様に願いながら走り出した背中に、突き刺すような声。
ぐ、と勢い込んだ爪先が地面に引っかかって危うく転ぶところだった。
「ツッキー!?」
「名前を呼んで確認しなきゃなんないほど、お前の眼は悪かったんだっけ」
「え、いや、う・・・」
「ほら、帰るよ」
「・・・・・・・もしかして、」
突っ込みというよりも意地悪な一言に喉奥をうぐうぐ言わせていると無表情に促された。
月島は手にしたスマホを無造作に鞄に放り込んでつい、と歩き出す。
足が長いからゆっくり歩いていても一歩が大きい。
ぼやぼやしている間に置いて行かれる、と反射的に足が動いていた。
「もしかして・・・待ってて、くれたりした?」
横顔を窺いつつ恐る恐る問いかける。
視線だけでこちらを見た月島は、少しだけ冷たい声を出した。
「何か都合が悪いことでもあった?」
肯定も否定もない。質問に質問で返すなんて、ずるい。
ちらっとそんなことを思ったりもしたのだけれど。
「・・・そんなことあるわけないよ、ツッキー!」
答える声は自分でもわかるぐらいに弾んでいた。
きっとものすごく頭の悪そうな顔で笑っているのに違いない。
案の定、月島は「何バカみたいに笑ってるの。意味わかんない」などと吐き捨ててふいっと前を向いてしまった。
淡々とした横顔は、頑ななほどに前ばかりを見つめている。
その、いつも通りの月島を眺めていると胸がじわじわと熱を持つ。
「山口、うるさい」
「何も言ってないけど!?」
「視線がうるさい」
「あ、うん、そうだよね」
「・・・お前、ホントにバカだよね・・・」
一緒にいたいのは、単なるワガママだって。
そう、思ってたけど。
もしかしてそうでもなかったりするのかな。
「いまさら気づいたの? お前どこまでバカなの?」
ため息交じりの月島の悪態は、どういうわけかものすごく柔らかく。
甘く、耳に響いた。
20150113