僕の。 月山
山口が掴み取った居場所だった。
それを否定しようとは思わない。
レギュラーを諦めたのだ、とも思っていない。
自分から選んで、掴み取りにいったのだ。
今現在の自分の、最大限の努力でもって勝ち取った居場所だ。
山口がそうして自ら切り開いたからこそ、自分は彼に叱られることになり、それがきっかけで覚悟が生まれた。
たぶんそのこと自体は感謝するべきことなのだろう。
けれど。
それまでぴよぴよと周囲をくっついて回っていた彼が、自分の翼に気づいて一人飛び立っていったかのような。
離れて、そのまま自由に空を飛んでいってしまうのではないか、と。
ぞっとするような感覚に、気づいた。
さびしい、なんて。
身勝手な感想を抱く自分に戦慄した。
彼が見つけたい場所を、単純によかったと思う気持ちと同じところに恨みがましい感情が渦を巻いている。
(そんな、・・・そんな愚かな自分を)
知られるわけには、いかない――。
そう、思っていたのに。
「俺の忠、調子はどうよ」
「んなもんお前だってわかってんだろうが」
「いや、ほら、他人からみてどうなのかなって思うじゃん」
少し離れた場所で交わされるコーチと、嶋田の会話が耳に飛び込んできてむっと眉根が寄った。
(俺の・・・って、なに)
アンタのじゃないし。
心の中でだけそう反論してみる。
もちろん口にするわけにはいかない。
次元が違う話だということは十分に承知しているし、そんな馬鹿げた台詞を口にするには自分のプライドはあまりに高すぎた。
要らぬプライドなどゴミにしかならないが、良くも悪くもそれが自分という人間を形作っているのだから捨てされない。
「ツッキー、何かいやなことでもあった?」
眉間の皺を指摘され、はっとなる。
何でもないと汗を拭うふりでタオルで口元を隠した。
心配そうにこちらを見る山口の視線は、けれども烏養の向こうに嶋田の姿を見つけてすいっと月島を逸れる。
小さく胸が軋む音を聞いて、そんな自分に腹が立ってしょうがなかった。
そばにいるのが当たり前だ、と思っていたわけじゃない――なんて建前を突き崩して本音が顔を覗かせる。
僕だけで十分じゃないか、と傲慢にざわめく心の声を飲み込むしかないのが苦しかった。
いっそぶちまけてしまえば、何か変わるだろうか。
決して口にはしない、と決めたはずなのにそんなことまで考えてしまう。
月島の隣を離れて嶋田のところへと跳ねるように向かった山口は笑顔で師匠に声をかけている。
応じる嶋田も眼鏡の奥の眼差しを細めて、いかにも可愛がっていますと言わんばかりの表情だ。
苛立ちが膨れ上がる。
何を言ったのか、破顔する嶋田が山口の頭をくしゃり、と撫でるに至って。
ぶちっと、こめかみあたりで何かが切れる音がした。
「これは僕のなので、気安く触らないでもらえますか」
考えるよりも先に身体が動いていた。
気付いた時には山口の手首を掴んで自分の方へと引き寄せて。
愚かにもほどがある台詞を口にしていた。
ぽかんとなったのは、山口や嶋田、烏養だけではない。
内心では月島も何が起こったのか、と驚いていた。
「あー・・・ああ、うん、悪かったな」
一足早く驚愕から立ち直ったらしい嶋田のその一声に、狼狽えそうになるのをようよう飲み込んでそういうわけで、と踵を返す。
「つ、つっきー・・・?」
困惑した山口の、いかにも情けない呼び声には振り返れなかった。
「何、文句でもあるの」
それでも気丈に冷たくそう問いかけると、まさか、と即座に否定が返る。
――それが、どれほど自分を安心させているか。
山口は知らないのに違いない。
側にいるのが当たり前だなんて思っていない、と嘯く自分の強がりをまるで知らないクセに。
当たり前の顔をして、自分を追いかけてくる。
(そんなの・・・好きにならない方が、どうかしてる)
愚かな自分を、知られるわけにはいかないと、そう思って。
でも。
不思議と言った言葉に後悔はなくて。
「お前は僕の、でしょ」
肩越しに捕えた視線が食い入るようにこちらを見つめて――それから綺麗に咲くように笑った。
20150120