その瞬間、世界は終わった。



「いつ僕と山口が親友なんて言った

 

 目の前の誰かに淡々と告げた月島の声は、いつも通りの平坦な抑揚だった。

 

 がつん、と横っ面を殴られた気分で制止したその時、俺の世界は終わりを聞いたのだ。

 頭の中が真っ白になって、立っているのかさえもわからなくて、心臓がどくどく鳴っている。

 

 購買に行った帰り。教室まで戻るよりも外で食べようか、と誘ったのに月島はどこでもいいと頷いた。

 中庭に向かうその途中。

 第二体育館に行くという日向と影山に行き会って「月島って、いつから山口と親友」などと不意に問いかけた日向への月島の答えがそれだった。

 

「えー!? 何それ すっげーひでー

「ちょっと、わめかないでよ。耳が痛いんだけど」

「そういうこと言う?! だってひどいだろ、それ

「あーもー・・・ホントうるさい・・・」

 

 かたかた震える手のひらをぎゅっと握りこむ。

 月島の声に嘘偽りを口にしているような揺らぎは感じられない。

 本当にいつも通りで、それがなおさら山口を打ちのめした。



 追いかけているのは自分のほう。

 求めているのは自分のほう。

 ずっと、ずっと。

 その背中を、見つめていた。

 最近やっと少しだけ、近くなれたかなって思えるようになった。

 自分だけじゃなくて、月島も自分を必要としてくれてるんだなって実感し始めていた。

 なのに。

 なのに、ひとりよがりだったんだろうか。

 

 この思いは片方向だけだったんだろうか。



「おい、ボゲ日向っ 昼休み終わんぞ

 散々ひどいだのキチクだの月島を罵った日向は、急かす影山の声にやべぇ、と言いながらくるっと向きを変える。

 一度月島を振り返って「おに」と捨て台詞を吐き、軽快な足音を響かせて去っていった。

 

「何やってんの」

 軽い声に意識を叩かれてはた、と瞬きをひとつ。

 こわごわ視線を上げると月島は小首をかしげた。

「捨てられた犬みたいな表情だけど、なに

「や・・・え、っと・・・何でも、」

 ない、と声にすることができなかった。

 何事もなかったように、当たり前の顔をしないといけないのに。

 親友じゃないと言われたことに傷ついているなんて知られたら、鬱陶しいと思われる。

 わかっているのに、どうしても何でもない顔ができない。

 言葉にして、自分の気持ちに嘘をつくことができない。

 震える唇を噛み締めて、どうしたらいいのか途方にくれて月島を見つめていると、不愉快そうに彼の眉根がひそめられた。

 

「何、もしかしてお前は親友がよかったの」

 

 不機嫌さを滲ませた声に、背中が凍る。

 さっきまで普通だったのに、あからさまな怒気を含んで低い。

 どうしよう。

 どうしたらいいんだろう。

 親友がいい。特別がいいに決まっている。

 でも、頷けばきっともっと月島は怒る。

 そんなことないよって言えばいいんだろうけど。

 がんばって口を動かそうとしてみるけれど、やっぱり声にならない。

 嘘をつきたくない。

 一生懸命抱いてきた思いを、嘘にはしたくない。

 誰に認められなくても、せめて自分だけは。

 

「ふぅん・・・山口は親友がよかったわけ」

 肩を縮めて黙り込んでいると、見下ろすような眼差しを向けながら月島が呟く。

「でも生憎と僕はお前を親友だとは思わない。これから先、何があっても」

 絶対に、と付け足す月島に愕然となる。

 そこまできっぱりと言い切るのは、決まりきっているから。

 月島の中でこれから先、覆ることはないということ。

 目の前が暗くなるのを感じて、立っていられずに壁に手をつく。

 震える拳はもう感覚が遠い。

 心臓がうるさいぐらいに鳴っている。痛い。

 痛いのは心臓だろうか。それともべつのどこかだろうか。

 

 もういっそ泣いて嫌だとわめいてみようか。

 目の奥がじわりと熱くなってきたのを感じて、益体もないことを考える。

 と。

 ふ、と視界が翳った。

 

「僕はお前を恋人だと思っているから、親友なんて思うわけないでしょ」

 

 山口が縋った壁に肘をついて、月島はやっぱり見下ろす角度でそう言い放つ。

 傲慢な声音と、冷たい眼差しに竦んだのは一瞬。

 

「ホント、お前の頭はどうにもならないくらいに鈍くて困るよね」

 

 相変わらずの冷たい物言いに、涙をこらえていた喉で小さくしゃくりあげる。

 いつもいつもそんなふうに言われて、傷つかないわけじゃないし。

 10回に1回くらいは褒めてくれてもいいんじゃないか、とか思ったりもするし。

 でもこれが月島蛍という人なんだろうな、とも思うし。

 そういうところも全部知ってて、それでも特別がよくて。

 

 特別になりたくて。

 

 だから、



「ツッキー・・・これって壁ドン・・・」

「・・・厳密に言うと違うでしょ。お前、そういうところは妙に反応早いよね」




 だから俺の世界はこの瞬間。

 終わりを告げて、新しい関係の始まりを、知った。

 

 

20150127