「これを鬼の霍乱というのでしょうか」
「先生…国語教師だろ。違うだろ」

げっそりとやつれた顔の武田に突っ込むのも気が引けたが、言わずにおれず。
烏養は宙に浮いた手をうろうろと彷徨わせながら困惑気味に呟いた。

ノロ、だという。

生徒から移されたものか、はたまたどこかで拾って来たものか。
ならば部活ぐらい休めばよかろうに、マスクに手袋を装備の上、除菌スプレーを手に彼はふらふらと体育館までやってきた。
「どうしても次の練習試合のことで話があって…」
そんなことを言いつつ、よろよろと座り込む。
ぎょっとなって手を差し伸べるモノの、移ると困りますから、と跳ね付けられた。
そうしてひとしきり用件を述べると、では、とよろよろ立ち上がる。
聞くべきことは聞いたし、引き止める理由はなかったのだけれども。

何故だか、どうしても、気になってしまって。

「つか、それぐらいだったらメールでもよかったんじゃ…」
手を差し伸べることさえ拒否された身としては、それだったら見たくなかったな、なんて身勝手なことを思ってしまった。
もちろん彼の体調を思いやってのこともあるが(武田にももちろん、移してはならないという気持ちがあるからだろうが)、介抱さえさせてもらえないのはちょっと淋しい。
だというのに、振り返った武田は妙に決然とした顔で。

「烏養君の顔を見ないと落ち付かなくて。治るものも治らなくなりそうだったので」

移るかもしれないのに、すみません。
そんなことを言ってのけて、今度こそ武田は背中を向けて歩き出してしまった。

「…言い逃げられた…」
後に残された烏養は持っていき場のない手をうろうろさせたままの不審者でしかなかったという。

 

 

20140302