月曜日のウカタケ
月曜日は憂鬱な曜日だって、誰かが言っていた。
日曜の休みの後の、出勤が辛い――そんな意味だったような。
ふぅん、としか思わなかった。
仕事があまり好きじゃないのかな、ぐらいの感想だった。
その時の自分は教師という仕事を始めたばかりでわからないことも迷うこともそれはそれはたくさんあって。
毎日思考錯誤で飛ぶように時間が過ぎて。
楽しいと思う瞬間と、疲れたと思う時間とが半々で、落ち込むことだってあった。
けれども、そんな毎日の中でも休みの次の日が憂鬱だなんて思ったことはなかった。
「あーもう、メンドー」
聞こえてきた一言にぴくん、と肩が震えた。
引っ張られるように振り向いた先で、言葉通りの表情の女子生徒が靴を履き替えている。
その仕草のいかにも億劫そうなのが気になった。
何かあっただろうか、と聞き耳を立てるのもいやらしいなァと思いつつ声をかけるべきか迷っていたら視線がぶつかった。
少し気まずそうに口を窄めつつも、彼女は靴を履き替えてからのろのろと武田の側までやってくる。
「月曜とか、マジメンドい。学校来るのしんどいし」
「ああ・・・そういうことですか」
「怒る?」
「うーん・・・怒る気にはなれませんけど。少し淋しいですね」
なるほど、彼女にとっても月曜日は憂鬱なものらしい。
月曜日の抜き打ちテストは総じて点数が低くなる傾向にあるのは統計結果にもある。
いつか誰かが憂鬱だと言った月曜日は、わりに多くの人にとってそうであるらしいと知った。
だが、と武田は微笑む。
「ただ来るだけで、仲良しの友達と会って話したりできますよ」
「小学生じゃないんだしさ」
と愚痴っぽく反論する生徒に小首をかしげつつ、
「好きな人にも、理由がなくても会えますよ?」
そう付け足すと、それまでの覇気のない顔が嘘のように赤くなった。
「ちょ、何言ってんの?! す、きな人とか・・・しれっとした顔で言うこと?!」
「羨ましいなァと思っていたんです、実は」
「な、何が?!」
問い返す声は半ば裏返っていて、その動揺の仕方は確実に校内に好きな相手がいるのだろうなと武田に気付かせたのだが、深くは聞かずにいようと少しだけ話の矛先を変える。
「毎日毎日、何がなくても好きな人に会えるなんて、大人には難しいですから」
「・・・そういうもんでもないような・・・」
「でも、そう思うとむしろ日曜日が長くて早く月曜日になれって気分になれますよ、きっと」
実感としてわかるかわからないかは、彼女の想像力次第だ。
「我慢した後に会うと、ご褒美貰ったぐらい嬉しくなれますよ」
あとは――どれほどに相手を好きだと思っているか。
付き合っている、付き合っていない、それによっても変わってくるだろう。
けれども、もし、少しでも彼女の憂鬱が減るなら――きっと学校という場所を今より好きになってくれる。
納得したようなそうでないような、そんな顔で階段を上がっていく生徒を見送ってさて、と職員室へと足を向ける。
(――と、生徒に言ったものの)
実は、今の僕が憂鬱だったりするんですよね。
誰にも聞こえないようにひっそりとため息をついて、書類を抱え直す。
月曜の朝は職員会議があるから第二体育館を覗く時間がない。
日曜日に練習があると、一日の殆どを生徒と烏養と過ごすからほんのちょっとの空白が淋しく感じられるのだ。
我ながら拙い、と思う。
おまけに三十路になろうかという男が会えないのが淋しいと言うのもどうか。
わかってはいるのだが、会えないとなるとなおさら会いたい気持ちは募る。
(今日は午後も試験の為の会議ですしねぇ・・・)
教師である以上は仕方がないことだが、と今度こそため息をついた時。
「先生」
「うひゃあッ」
明日までお預けかー・・・などと思った背中に声をかけられて素っ頓狂な声が飛び出た。
「うか、うか・・・い、くん」
「そんなお化けに声掛けられたみたいな反応されると微妙に傷付くぞ、先生」
「す、すみません」
(会えちゃったなぁ・・・)
苦る烏養に頭を下げつつ、内心ぽやっとなっているとほら、と書類が渡される。
「明日までだって言ってたろ」
「ああ・・・はい。確かに」
「会議だから明日でいいかとは思ったんだけどよ」
内容に目を通して不備がないことを確認してから顔を上げると、どういうわけか視線が逸らされた。
うん? と首を傾けると烏養の顔はさらにそっぽを向く。
「今日会わねぇのかって思ったら、何か・・・もやっとすっから」
「・・・」
もごもごと語尾を小さくした烏養はそれだけだ、とくるっと踵を返す。
ずんずんと歩いていく背中はあっという間に見えなくなった。
(・・・御褒美もらっちゃいました・・・)
我慢したのはほんのちょっとだけだったはずなのに。
ふっと胸があたたかくなって、知らず知らず口元に笑みがこぼれる。
月曜日が憂鬱ならば。
それは幸せに繋がる我慢のひとつだと今なら言えるのに。
いつかそう言った人は、どこかで今日も憂鬱だろうか。
せめてその人の元にもこんなふうにご褒美が届きますように――。
20150126